【ガイド・菅原日登美】

1984年頃 初めての体験乗馬。4回10,000円のコース。
まだ乗馬の情報が少なく(※1)車を持っていなかったので公共交通機関で通えるところを探すのがたいへんだった(※2)。初めての乗馬クラブは「はぁ〜。さすが、乗馬は世界が違う。」と、思うほど特殊な雰囲気だった。

馬に乗るのは憧れだったし楽しいけれど、4回コースが終わるまでにお決まりの入会勧誘の話術。乗馬をしようと思ったらお金がかかるんだ。と、あきらめ会員となる(※3)が、もともと出不精の上、乗り継ぎと大荷物を抱えていくのが嫌で、1年もしないうちに幽霊会員と化す。年に数度しか行かなくなった上に、「今年はまだ年会費払ってないや」と、なるとますます足が遠のく(※4)

ちっとも上手になっていないのに柵の中をクルクル回るだけの乗馬は「なんかイメージと違う」と思い外乗(がいじょう)ができるところを探し始める。
自動車免許を取って初めてのドライブは日高での外乗。以後、何度目かに落馬もしたけれど、自然の中で乗る楽しさにはまり、技術はないのに度胸だけの乗馬は続き現在に至る。

1991年1月 海外(ハワイ)での初めての外乗。この頃はまだまだ初心者。

1994年5月 鶴居村で外乗。まだ「釧路湿原ドサンコ探勝会」と呼ばれていた頃で「瀬川のおじいちゃん」も現役だった。キラコタン岬から見たタンチョウがヒナを連れて歩く姿を見て感動。
乗馬を始めてから10年がたっているが、この間、乗馬クラブと外乗合わせても年間数鞍ずつしか乗っていなかった。土日が休めない仕事をしていたのでイベントがあっても参加できなかった(※5)

1994年10月 恵庭市の乗馬会に参加。この頃から'97年の退職まで、仕事上で先輩を笠に着て日曜日にも休みをもらい、いろいろな行事(お祭りの馬車・武者行列・草競馬 etc)に参加する。

1995年8月 大沼で外乗。

1995年10月 九州で外乗。

1997年1月 退職。14年間のOL生活を終える。失業保険をもらいつつ、

1997年7月 モンゴル(内蒙古)外乗。

1997年10月 フランス旅行28日間。うち、1週間250qの馬の旅をする。 外乗が大好きな私の体験の中でも最高に楽しかった思い出(※6)

1998年3月 「ホースガーデンMURANAKA」オープン。設立より企画・コースづくりなどの運営とガイドを務める(※7)。2〜3年は売り上げだけでは生活できなかったので深夜のファミレスのパートと退職金の残りを使いきる。

2001年
  6〜10月
お客さまのガイドをしていると自分の馬に対する勉強不足を痛感し、半年間の十勝での「乗馬インストラクター&ホーストレーナー」講習を受ける。奥深い世界のほんの「さわりだけ」という感じだったが、最高の啓発を受けた。海外のようなよい乗馬産業に発展していく一端になりたいと強く思う。



2002年8月 代表者との意見の相違が1年以上続き、退職。秋まではガイドをしたかったが断念。(年中無休としていたので)5年ぶりの長期休暇と気持ちを改め、今までできなかったことをしてリフレッシュ。以前からの夢だった海外での馬の旅を北海道にも実現させたいと考え「うまの駅」企画を始める。

2003年2月 新しい仕事の前に自分自身がまだ体験していないことをしようと思いオーストラリア・タスマニアの乗馬とエンデュラス大会に参加。北海道によく似ているが100倍も素晴らしいタスマニアを体験することによりますます、北海道もこんな風にしたいと思う気持ちが強くなる。
たくさんの方に会いネットワークを広げる喜びを感じつつ、協力や助言をいただき気持ちを引締め新事業に取り組もうと思う。

2003年
  4月5日(土)
「トレイルライディング うまの駅」オープン。
たくさんのお客様にトレイルライディングの素晴らしさを感じてもらえるようなガイドを提供していきたい。




Copyright(c)2003 Uma no eki . All Rights Reserved.
 
 

トップページへ